「戦場からの証言」証言者の兵歴
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陸軍:通信兵 中国:ハルピン
シベリア抑留:ブリヤード・モンゴル〜1948年(昭和23年)5月29日帰国  

稲村 繁さん

生年月日1921年(大正10年)8月21日
所   属陸軍 東部88部隊
兵   科通信兵
最終階級中尉
転属歴
▲ 1942年(昭和17年)10月1日、21歳の時に召集される
所属:陸軍 東部88部隊 兵科:通信兵
△昭和17年10月1日 東部88部隊(相模市)に所属
  陸軍通信学校にて幹部候補生として入学。 その後、第800部隊(関東分航空軍)、
  ハルピン航空連隊、第996部隊(通信連隊)と主に航空隊の通信兵として従軍する。
▼直接銃火を交えた戦闘は経験しないものの、終戦時ロシア軍に 降伏。
  以後3年間、ブリヤード・モンゴルにてシベリヤ抑留を経験する(ブリヤート モンゴル)。
  一日350gのパンのみで、極寒の使役に耐える。

帰国年月日1948年(昭和23年)5月29日、帰国


取材日:2005.09.10

 

 戦場証言

(1)自己紹介・自分の会設立の経緯
   小学生・高校生・大学生に戦争体験を知ってもらいたく、
   学校での講演を続けている

(2)幼年期(大正、昭和初期)

(3)シベリア時代(収容所)を思い起こして
       満州関東軍教練に関して

(4)学徒出陣に関して

(5)戦闘終了 シベリア抑留の話
   一日パン350gの話

(6)戦争責任について
       昨今の再軍備化に関して

(7)徴兵制に関して
       (再び徴兵制が復活するのでは)

(8)講演の度に感想文をもらって、一人一人に手紙を返す話
(9)小学校での講演の話
   実際にパンを見せてあげる。その後、子供達にパンをご馳走
   するので喜ばれる話

(10)満州の話

(11)内地と満州の食料の違い

(12)ソ連軍進攻

(13)武装解除

(14)新疆で日本降伏の報を受ける

(15)シベリア宿営地につくまで

(16)パンの分け方

(17)戦場体験の風化について

(18)シベリヤでは、死体の衣服は剥ぎ取られる話

(19)終戦記念日はあっても、シベリヤ抑留記念日はない。
   忘れられてしまうことの危機感


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